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親不孝者の孫

いつの間に、こんな事になってしまったのだろう・・・

ある日母が倒れた 

つい最近まで元気だったはずなのに

もう自力で立ち上がる事も出来ない

箸を持つことさえ


いつの間に、こんな事になってしまったのだろう・・・

母の人格はどこかへ消え去ってしまった

実の息子の判別さえ出来ない

いや、自分自身が誰であるかさえも判っていないようだ




いつの間に・・・ いつの間に・・・

なんだよ こんな事ならもっと人並みに親孝行しておけばよかった

もっと早く気が付けば良かったが時すでに遅しだ

気遣いの言葉一つもかけてあげた覚えが無い

そのくせ心配ばかりかけたよな 

ごめんな 俺、親不孝だった 本当にゴメン

やせ細った母を両腕に抱き、天を仰ぎ涙を流した



次の瞬間 全ての場面を振りほどくように私は悪夢から目覚めた

なんだ・・・夢か・・・ 

私は大きく安堵のため息をついた

そしてすぐに母へ電話を入れた なんだか母の声を無性に聞きたいのである

電話をかける理由など何でもよかった

しかし特に何の用も無いのに電話をしてきた息子に母は何だか困惑しているようだった


それはそうだ 何を隠そう私は母の携帯番号を知らない

当然メールアドレスもラインIDも知らない 多分嫁は知っている

用がある時は自宅の電話番号にかけるだけだ

しかし普通に生活をしていて、母に用がある事などまず皆無である

こうして普段は音信不通の親不孝息子が出来上がる訳だ

そんな息子が突然朝っぱらから

『ちょっと声が聞きたくなって』 などと電話をしてきたらとても気持ちが悪いだろうな

新手の詐欺と思ってたかもね 一刻も早く電話を切りたそうな雰囲気でしたよ

こちとら半分涙ぐんで電話してるっつーのに

それもこれも私の今までの行いからくるモノなのですね


まあそんな流れで今までの親不孝な自分を反省しまして

ちょっとこれからは親孝行していこうじゃないかと思ったわけなんすよ

じゃあ親孝行って具体的にどうしたらいいの?ってレベルなんですよオレ

ちょっと妻と相談しましてね、母も一人暮らしで男手もないだろうから

じゃあ母宅の大掃除をしに行こうと相成りまして

私一人で行くとまた何かしら疑われて気まずいかも知れない 

ええ、私はそんな息子なのです 昔からね

私と妻、それと何故か長女まで掃除要因として押しかけました

私は主に換気扇とか普段手の届かないところを一生懸命とね

気をよくした母は昼食に鰻重の出前を取ってくれましたね いやっほう

私一人だったらせいぜい塩鮭程度しか出ないのでしょうからこれはラッキーでした 

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帰り際に 『今日はどうもありがとう はいご苦労様』

と言ってお駄賃的な包みを持たせようとしやがるから

『俺たち今日は親孝行をしに来たんだよ バイトじゃねえんだ そんなモンは受け取れねえ』

なめた真似するんじゃねえ的な感じで言っちゃったけど

うーん・・・ ちょっと感じ悪かったかな 


『これからは用が無くてもチョイチョイ顔出させてもらうよ』

って言ったけど、これもなんかチンピラの嫌がらせっぽい気もしてきたな・・・

親孝行の押し売り的な まあ喜んでくれてたからいいんじゃないの多分



ちょっと変な夢を見たけど、あれは夢じゃないとも思ってるんですよ

妙にリアルだったし、数年後にそうなっても特に不思議ではないし

いつか別れの時が来るってのも間違いないし

パラレルワールドって言うのかな その一端を見た気がするんですよ

このまま行くとこうなりますよ的な未来図ね

その時になって後悔はしたくないですねやっぱり


もうひとつあるのですが

亡くなった叔父宅の後片付けの際、

仏壇仏具は専門業者に引き取ってもらったのですが、遺影は引き取らないんですね

私のおじいさんの遺影 戦争で亡くなってますので思い出も何もないですけど

やっぱり捨てるわけにもいかなかったので結局現在私の部屋に置いてあるんですよ



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おじいさん って言っても全然若かったんですね

親不孝な孫でごめん ん?なんとなく判り辛い言いまわしですね

貴方の娘さんにもう少し喜んでもらえるように心入れ替えるよオレ


おじいさん ひょっとしてだけど私に何かしてくれたのですか

もしそうなら すみません ありがとうございました

押忍









追記 

トラブル大森氏によるこの記事の続編もお楽しみください



立ち上る煙を見ようと煙突の先を凝視していたが、青空にほとんど煙が立ち上ることはなく、なんだかイメージとは違うなと思う。

 母が認知症になったのは半年前だ。
 これからは大変になるぞと、不安やら恐れやらの感情がブレンドされて、とりあえず何をすればいいのだとあたふたしていると、認知症発覚3カ月で肺炎で息を引き取ってしまった。

 あっけない、というよりは、なんだか潔さすら感じる母の死だった。

 10年ほど前に母が呆ける夢を見た。それからはたまに、とは言っても年に2度ほどだが顔を見せるようにしていた。
 だからといって後悔することなく、やり尽したと思いながら母を送れたかといえばそんなことはなく、やはり後悔ばかりが募る。

 それでも、あの時に夢を見なければもっと大きな後悔を抱え込むことになっていただろう。

 そういえばあの時に、戦争で散って行った祖父の写真を観て何かを知らせてくれたのかと考えたんだ。そうか、親子揃って潔さを持ち合わせていたのだな。だったら俺にもその血が流れているのだろう。潔い男でいたいものだと考える。

 火葬がすんで骨を拾う。理科室にあるような人間の形をした骨を想像していたが、細かく粉砕されたような骨がどこの部分だったのか分からないような状態になっていた。
 
 もちろんこの歳だ、以前にもお骨を拾ったことは数回あるから知ってはいたが、なぜか母の骨は理科室の骨格標本のようになっていると思い込んでいた。

 粉砕されたような骨の中で、なぜかオデコ部分の頭蓋骨だけはそのままで残っていた。

 火葬場の職員がこれでは骨壺に収まらないので割らせて下さいと言ったのを「ちょっと待って下さい」と思わず手に取ってまじまじと見つめてしまった。

 親戚は何事だと奇異な目でみるが、妻や子供たちは驚くこともなかった。

 そうか、人間の頭がい骨はこういうアールが付いているんだ。

 今までに自分が作ってきたスカルジュエリーとの違いを見つけた。
 帰ったらワックスで新しい型を作らなければ。
 不謹慎にもそんなことを考える。

 そうか、本物のスカルにはまだ追いつけていなかったのか。
 すっかりと自分が作るスカルに自信を持っていたが、まだまだだったのだ。そしてそれを母に教えてもらった。

 息を引き取ってからいままで、通夜や葬儀でばたばたとして感情が入り込む隙がなかった。

 最後まで母は子供に教えてくれるのだな、そう思った時に涙が溢れた。

 火葬場の職員も頭蓋骨のかけらを持って涙する男の対処に困ったことだろう。

 酸素マスクの中で細い息をゆっくりと繰り返すなくなる寸前の母は、突然マスクを自力で外した。

 呆けてしまっているからそんなことをするのかと思ったら。
「鰻美味しかったね」とか細い声で呟いた。それが最後の言葉で、その3日後に息を引き取った。

 呆けた母が最期に、あの10年ほど前の鰻の事を言ったのだ。最後に正気に戻り妻と長女と4人で食べた鰻の事を口にした。
 
 そう思うのは残った人間の身勝手な希望かも知れない。
 でも、確かにあの時の鰻は旨かった。

 そういえばあの時に、母の家を掃除して鰻を食べた日。最後に母は紙に包んだ幾ばくかの金を寄越そうとして。
「そんなもんいらねえよ」
 冷たく言ってしまった。
 最後に鰻の事を思い出すくらいに母には嬉しいことだったのだろうか。
 だったら、あの金も「ありがとう」と貰ってあげたほうが喜んだのではないか。

 思考は自然と後悔に導いてゆく。

 桐の箱に納められ、真っ白な布でくるまれたお骨を抱く。
 なんの抵抗も感じないほどの軽さ。

 そっと手で撫でて「ありがとうな」と口に出さずに言うと、横から妻と子供たちも手を伸ばして撫でる。

 また涙が出そうになるが、鼻の息を止めて堪えてみる。
category
未来

Comment

初書き込み失礼致しますm(__)m

生意気言って申し訳御座いません。

親孝行にセオリーやマニュアルは一切有りませんので、方法は人各々で違って当たり前。

だからきっとTJさんなりの親孝行、それで全てOKなんだと思います。

PS:良き人生を!
  • 2014⁄09⁄03(水)
  • 13:47
  • [edit]

259-884さん

誰もが通る(?)道なんですね

ありがとうございます。押忍
  • 2014⁄09⁄04(木)
  • 22:32
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